墨子 巻八 非楽上

 

《非楽上》

子墨子言曰、仁之事者、必務求興天下之利、除天下之害、将以為法乎天下。利人乎、即為、不利人乎、即止。且夫仁者之為天下度也、非為其目之所美、耳之所楽、口之所甘、身體之所安、以此虧奪民衣食之財、仁者弗為也。是故子墨子之所以非楽者、非以大鍾、鳴鼓、琴瑟、竽笙之聲、以為不楽也、非以刻鏤華文章之色、以為不美也、非以犓豢煎炙之味、以為不甘也、非以高臺厚榭邃野之居、以為不安也。雖身知其安也、口知其甘也、目知其美也、耳知其楽也、然上考之不中聖王之事、下度之不中萬民之利。是故子墨子曰、為楽、非也。

今王公大人、雖無造為楽器、以為事乎國家、非直掊潦水折壤坦而為之也、将必厚措斂乎萬民、以為大鍾、鳴鼓、琴瑟、竽笙之聲。古者聖王亦嘗厚措斂乎萬民、以為舟車、既以成矣、曰、吾将悪許用之。曰、舟用之水、車用之陸、君子息其足焉、小人休其肩背焉。故萬民出財齎而予之、不敢以為慼恨者、何也。以其反中民之利也。然則楽器反中民之利亦若此、即我弗敢非也。然則當用楽器譬之若聖王之為舟車也、即我弗敢非也。民有三患、飢者不得食、寒者不得衣、労者不得息、三者民之巨患也。然即當為之撞巨鍾、撃鳴鼓、彈琴瑟、吹竽笙而揚干戚、民衣食之財将安可得乎。即我以為未必然也。意舍此。今有大國即攻小國、有大家即伐小家、強劫弱、衆暴寡、詐欺愚、貴傲賤、寇乱盜賊並興、不可禁止也。然即當為之撞巨鍾、撃鳴鼓、彈琴瑟、吹竽笙而揚干戚、天下之乱也、将安可得而治與。即我未必然也。是故子墨子曰、姑嘗厚措斂乎萬民、以為大鍾、鳴鼓、琴瑟、竽笙之聲、以求興天下之利、除天下之害而無補也。是故子墨子曰、為楽、非也。

今王公大人、唯毋處高臺厚榭之上而視之、鍾猶是延鼎也、弗撞撃将何楽得焉哉。其説将必撞撃之、惟勿撞撃、将必不使老與遲者、老與遲者耳目不聰明、股肱不畢強、聲不和調、明不轉朴。将必使當年、因其耳目之聰明、股肱之畢強、聲之和調、眉之轉朴。使丈夫為之、廃丈夫耕稼樹藝之時、使婦人為之、廃婦人紡績織紝之事。今王公大人唯毋為楽、虧奪民衣食之財、以拊楽如此多也。是故子墨子曰、為楽、非也。

今大鍾、鳴鼓、琴瑟、竽笙之聲既已具矣、大人鏽然奏而獨聴之、将何楽得焉哉。其説将必與賤人不與君子。與君子聴之、廃君子聴治、與賤人聴之、廃賤人之従事。今王公大人惟毋為楽、虧奪民之衣食之財、以拊楽如此多也。是故子墨子曰、為楽、非也。

昔者齊康公興楽萬、萬人不可衣短褐、不可食糠糟、曰食飲不美、面目顏色不足視也、衣服不美、身體従容醜羸、不足観也。是以食必粱肉、衣必文繡、此掌不従事乎衣食之財、而掌食乎人者也。是故子墨子曰、今王公大人惟毋為楽、虧奪民衣食之財、以拊楽如此多也。是故子墨子曰、為楽、非也。

今人固與禽獣麋鹿、蜚鳥、貞蟲異者也、今之禽獣麋鹿、蜚鳥、貞蟲、因其羽毛以為衣裘、因其蹄蚤以為褲屨、因其水草以為飲食。故唯使雄不耕稼樹藝、雌亦不紡績織紝、衣食之財固已具矣。今人與此異者也、賴其力者生、不賴其力者不生。君子不強聴治、即刑政乱、賤人不強従事、即財用不足。今天下之士君子、以吾言不然、然即姑嘗數天下分事、而観楽之害。王公大人蚤朝晏退、聴獄治政、此其分事也、士君子竭股肱之力、亶其思慮之智、内治官府、外收斂関市、山林、澤梁之利、以實倉廩府庫、此其分事也、農夫蚤出暮入、耕稼樹藝、多聚叔粟、此其分事也、婦人夙興夜寐、紡績織紝、多治麻絲葛緒綑布縿、此其分事也。今惟毋在乎王公大人説楽而聴之、即必不能蚤朝晏退、聴獄治政、是故國家乱而社稷危矣。今惟毋在乎士君子説楽而聴之、即必不能竭股肱之力、亶其思慮之智、内治官府、外收斂関市、山林、澤梁之利、以實倉廩府庫、是故倉廩府庫不實。今惟毋在乎農夫説楽而聴之、即必不能蚤出暮入、耕稼樹藝、多聚叔粟、是故叔粟不足。今惟毋在乎婦人説楽而聴之、即不必能夙興夜寐、紡績織紝、多治麻絲葛緒綑布縿、是故布縿不興。曰、孰為大人之聴治而廃國家之従事。曰、楽也。是故子墨子曰、為楽、非也。

何以知其然也。曰先王之書、湯之官刑有之曰、其恆舞于宮、是謂巫風。其刑君子出絲二衛、小人否、似二伯黄径。乃言曰、嗚乎。舞佯佯、黄言孔章、上帝弗常、九有以亡、上帝不順、降之百𦍙、其家必懷喪。察九有之所以亡者、徒従飾楽也。於武観曰、乃淫溢康楽、野于飲食、将将銘莧磬以力、湛濁于酒、渝食于野、萬舞翼翼、章聞于大、天用弗式。故上者天鬼弗戒、下者萬民弗利。

是故子墨子曰、今天下士君子、請将欲求興天下之利、除天下之害、當在楽之為物、将不可不禁而止也。

 

字典を使用するときに注意すべき文字

厚、                                    課税帳簿、の意あり。

 

 

《非楽上》

子墨子の言いて曰く、仁の事は、必ず(つと)めて天下の利を興し、天下の害を除くを求め、将に以って法を天下に為さむとす。人を()すは、即ち為し、人を()せずは、即ち止む。(さら)に夫れ仁者の天下の為に(わた)るや、其の目の()しとする所、耳の(この)むとする所、口の(うま)しとする所、身體の(やす)きとする所の為には非ずして、此を以って民の衣食の財を虧奪(きだつ)するは、仁者は()さざるなり。是の故に子墨子の楽を非とする所以(ゆえん)は、以って大鍾(だいしょう)鳴鼓(きょうこ)琴瑟(きんしつ)竽笙(うしょう)(せい)を、以って楽ならずと為すには非ず、以って鏤華(るいか)文章(ぶんしょう)(しょく)を刻み、以って()からずと為すに非ず、以って犓豢(すいかん)煎炙(せんしゃ)の味を、以って甘からずと為すに非ず、以って高臺(こうだい)(こうしゃ)邃野(すいや)の居を、以って安からずと為すに非ず。身は其の(やす)きを知り、口は其の(うま)しを知り、目は其の()しを知り、耳は其の(たの)しを知ると(いへど)も、然れども上には之を考えるに聖王の事に(あた)らず、下には之を(はか)るに萬民の利に(あた)らず。是の故に子墨子の曰く、(らく)を為すは、()なり。

今、王公大人の、楽器を造り為すは無しと(いへど)も、以って事を國家に為す、(ただ)潦水(ろうすい)()壤坦(じょうたん)()り而して之を為に非ず、将に必ず厚にて萬民に措斂(せきれん)し、以って大鍾(だいしょう)鳴鼓(きょうこ)琴瑟(きんしつ)竽笙(うしょう)(せい)と為す。古の聖王は亦た嘗って厚にて萬民に措斂(せきれん)し、以って舟車を為り、既に以って成る、曰く、吾は将に之を用いるを許すを(にく)まむか。曰く、舟は之を水に用い、車は之を(おか)に用いる、君子は其の足を(やす)め、小人は其の肩背(けんぱい)を休めむ。故に萬民は財齎(ざいし)を出し而して之を(かな)へ、敢へて以って慼恨(せきこん)を為さざるは、何ぞや。其の(かえ)りて民の利に(あた)るを以ってなり。然らば則ち楽器の(かえ)りが民の利に(あた)り亦た此の若くならば、即ち我は()へて()とするはなし。然らば則ち(まさ)に楽器を用いること之を譬ふるに聖王の舟車を(つく)るが(ごと)くならば、即ち我は()へて()とするはなし。

民に三患有り、飢に食を得ず、寒に衣を得ず、労に息を得ず、三のものは民の巨患なり。然るに即ち(まさ)に之の為に巨鍾を撞き、鳴鼓を撃ち、琴瑟を彈き、竽笙を吹きて而して干戚(かんせき)を揚ぐるも、民の衣食の財は(まさ)(やす)むぞ得べけむや。即ち我は以って未だ必ず()らずと為すなり。(おも)うに此を()かむ。

今、大國が即ち小國を攻むる有り、大家が即ち小家を伐つ有り、強は弱を(おびやか)し、衆は寡を(そこな)ひ、詐は愚を(あざむ)き、貴は賤に(おご)り、寇乱(こうらん)盜賊(とうぞく)並びて興り、禁止す可からず。然らば即ち(まさ)に之が為に巨鍾を撞い、鳴鼓を撃ち、琴瑟き彈き、竽笙を吹きて而して干戚(かんせき)()ぐるも、天下の乱るること、将に(いづく)むぞ得て而して治む()けむや。即ち我は未だ必ず(しか)らずとなす。是の故に子墨子の曰く、(しばら)(こころ)みに厚にて萬民に措斂(せきれん)し、以って大鍾、鳴鼓、琴瑟、竽笙の聲を為し、以って天下の利を興し、天下の害を除かむことを求むるも而して(おぎな)うは無しなり。是の故に子墨子の曰く、(がく)を為すは()なり。

今、王公大人は、唯毋(ただ)高臺(こうだい)(こうしゃ)の上に處りて而して之を視み、鍾(なお)是の延鼎(えんてい)のごとし、撞撃(どうげき)せずば将に何の楽を得むや。其の説の将に必ず之を撞撃(どうげき)せむとす、惟勿(ただ)撞撃するに、将に必ず(ろう)()なる者を使はざらむとし、(ろう)()なる者とは耳目(じもく)聰明(そうめい)ならず、股肱(ここう)畢強(ひつきょう)ならず、聲は和調(わちょう)せず、明は轉朴(てんべん)ならず。将に必ず當年(とうねん)を使い、其の耳目は聰明、股肱は畢強、聲は和調、眉は轉朴に因らむとす。丈夫(じょうふ)をして之を為さ使むれば、丈夫は耕稼(こうか)樹藝(じゅげい)の時を廃し、婦人をして之を為さ使むれば、婦人は紡績(ぼうせき)(しょくじん)の事を廃せむ。今、王公大人唯毋(ただ)(がく)を為し、民の衣食の財を虧奪(きだつ)して、以って拊楽(ふがく)すること()の如く多しなり。是の故に子墨子の曰く、(がく)を為すは()なり。

今、大鍾、鳴鼓、琴瑟、竽笙の聲は既已(すで)(そな)はる、大人は鏽然(しゅうぜん)して(そう)し而して獨りこれを聴くも、将に何の楽しみを得むや。其の説の将に必ず賤人と(とも)せざれば必ず君子と(とも)にせむとし、君子と之を聴かば、君子は治を聴くを廃し、賤人と之を聴かば、賤人は事に従うを廃せむ。今、王公大人は惟毋(ただ)(がく)を為し、民の衣食の財を虧奪(きだつ)し、以って拊楽(ふがく)するは此の如く多し。是の故に子墨子の曰く、(がく)を為すは()なり。

昔の齊の康公は楽萬を興し、萬人は短褐を衣るべからず、糠糟を食うべからず、曰く食飲の美ならざれば、面目(めんぼく)顔色(がんしょく)は視るに足らず、衣服の美ならざれば、身體(しんたい)従容(しょうよう)醜羸(しゅうや)は、観るに足らず。是を以って食は必ず粱肉(りょうにく)、衣は必ず(ぶんしゅう)、此の掌は衣食の財に従事せずして、而して掌の食を人に食はさるる者なり。是の故に子墨子の曰く、今、王公大人は惟毋(ただ)(がく)を為し、民の衣食の財を虧奪(きだつ)し、以って拊楽(ふがく)するは此の如く多し。是の故に子墨子の曰く、(がく)を為すは非なり。

今、人は(もと)より禽獣(きんじゅう)麋鹿(びろく)蜚鳥(ひちょう)貞蟲(ていちゅう)と異なるものなり、今、之の禽獣、麋鹿、蜚鳥、貞蟲は、其の羽毛に因りて以って衣裘(いきゅう)と為し、其の蹄蚤(ていそう)に因りて以って褲屨(こく)と為し、其の水草に因りて以って飲食と為す。故に(おす)をして耕稼(こうか)樹藝(じゅげい)せず、(めす)をして亦た紡績(ぼうせき)(しょくじん)せざら使()むと(いへど)も衣食の財は(もと)より(すで)(そな)はれり。今、人は此と異なる者なり、其の力に頼る者は生き、其の力に(たよ)らざる者は生きず。君子は(つと)めて治を聴かざれば、即ち刑政は乱れ、賤人は(つと)めて事に従はざれば、即ち財用は足らず。今、天下の士君子の、以って吾が(げん)を以って然ならずとなさば、然らば即ち(しばら)(こころ)みに天下の分事を數へて、而して楽の害を観む。王公大人は(はや)(ちょう)(おそ)退()き、(ごく)を聴き(まつりごと)を治める、此は其の分事なり、士君子は股肱の力を()くし、其の思慮の智を()くし、内は官府を治め、外は関市(かんし)、山林、澤梁(たくりょう)の利を收斂(しゅうれん)して、以って倉廩(そうりん)府庫(ふこ)()たす、此は其の分事なり、農夫は(はや)くに出で暮に入り、耕稼(こうか)樹藝(じゅげい)し、多く叔粟(しゅくぞく)(あつ)む、此は其の分事なり、婦人は(つと)()(よは)()むり、紡績(ぼうせき)(しょくじん)し、多く麻絲(まし)葛緒(くずちゃ)を治めて縿(ふさん)()る、此は其の分事なり。

今、惟毋(ただ)王公大人に在りて楽を(よろこ)びて而して之を聴かば、即ち必ず(はや)(ちょう)(おそ)退()き、獄を聴き(まつりごと)(おさ)めむは(あた)はず、是の故に國家は乱れて而して社稷は危し。今、惟毋(ただ)士君子に在りて楽を(よろこ)び而して之を聴き、即ち必らず股肱の力を()くし、其の思慮の智を()くし、内に官府を治め、外に関市、山林、澤梁の利を收斂(しゅうれん)し、以って倉廩(そうりん)府庫(ふこ)()たすこと()はず、是の故に倉廩(そうりん)府庫(ふこ)()たず。今、惟毋(ただ)農夫に在りて楽を(よろこ)び而して之を聴く、即ち必ず(はや)く出でて(くれ)に入るは(あた)はず、耕稼(こうか)樹藝(じゅげい)し、多く叔粟(しゅくぞく)(あつ)むることは(あた)はず、是の故に叔粟(しゅくぞく)は足らず。今、惟毋(ただ)婦人に在りて楽を(よろこ)び而して之を聴く、即ち(つと)()(よひ)に寐むり、紡績(ぼうせき)(しょくじん)し、多く治麻絲(まし)葛緒(かつちょ)を治め、布縿を綑ること必ず能はず、是の故に縿(ふそう)(おこ)らず。曰く、(なに)を為し大人の治を聴き而して國家の事に従うを廃するや。曰く、(がく)なり。是の故に子墨子の曰く、(がく)を為すは非なり。

何を以って其の然るを知るや。曰く先王の書の、湯の官刑(かんけい)の之に有り、曰く、其の(つね)に宮に舞ひ、是を巫風(ふふう)と謂う。其の刑の君子は(いと)二衛(にえい)()だし、小人は(しから)ず、()(はく)黄径(こうけい)()ってす。(すなは)ち言いて曰く、嗚乎(ああ)。舞ふこと佯佯(ようよう)にして、黄言は(はなは)(あきら)かなり、上帝は(いたす)けず、九有(きゅうゆう)以って(ほろ)ぶ、上帝は(したが)はず、之に𦍙(ひゃくしゃう)を降し、其の家必ず懷喪(かいそう)す。九有(きゅうゆう)の亡ぶ所以(ゆえん)の者を察するに、(ただ)(がく)を飾るに従へばなり。武観(ぶかん)に於いて曰く、(けい)(すなは)淫溢(いんいつ)康楽(こうらく)し、野に飲食し、将将(そうそう)して莧磬(かんけい)()らして以って(つと)む、酒に湛濁(ちんだく)し、野に渝食(とうしょく)す、萬舞(ばんぶ)翼翼(よくよく)として、(あきら)かに(おお)いに聞き、天は()って(のり)とせず。故に上は天鬼の(かい)とせず、下は萬民の()とせず。

是の故に子墨子の曰く、今、天下の士君子の、将に天下の利を(おこ)し、天下の害を除なむことを求めると欲すを請ひ、(まさ)(がく)(もの)()るは在り、将に(きん)じて而して止めざる()からずなり。

 

 

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